島暮らしニートかおりとは??



はじめまして!

​島暮らしニートのかおりです!

東京生まれ、埼玉育ち。
海外をバックパッカーした後、
伊豆諸島・神津島に移住しました。

みんなからは、かおりんと呼ばれています。

・新たなライフスタイルの構築

・新たなコミュニティの形成

・農ある暮らし

この3つを求め移住先を探しているタイミングで
たまたま神津島の方と出会い、そのまま移住しました。

遊ぶように仕事をする、

「“生きる”を仕事に」がモットーです。

働くことは辛いこと。

働くことは我慢すること。

​だとしたら生きるって地獄だなと。

私は耐えられない!と早々に諦めましたw

毎日を好きなモノ・コト・ヒトに溢れさせ
仕事も遊びのように楽しむ
マインドを大切にしています。

TiktokとYouTubeを中心に、
各種SNS活動と
自然素材を使用したアクセサリー作り、
最近は彫金を学んでいます。

島内では、

耕作放棄地をコツコツと開拓し、
DIYでエコヴィレッジ型滞在施設
「離島の隠れ家」を作っています。

​​

  1. ニートになったきっかけは?

  2. なんで移住しようと思ったの?

  3. なんで離島なの?

  4. 働​いてないの?

  5. 移住前の仕事は何してたの?

  6. 島ニートの夢とは?

  7. 離島の隠れ家ってどんなところ?



 
Q :ニートになったきっかけは??



A : 事業の売り上げを全額持ち逃げされました。

 

いやー、パカですね!!パカパカ!

人を信じすぎた結果です。(闇

私は移住後すぐに
親友と共に島のメインビーチに海の家を作り、
土地の契約期間でもあった3年間、
まるっと経営&運営しました。


N●Kの取材を受けたり、
めちゃめちゃ頑張りました。

​業績は順調で、
月の売り上げが数百万。

頑張りすぎてハゲました(まじ


しかし、
離島という特殊な環境と、
様々な大人の事情から
最終的には精神的にも身体的にも崩壊。

過労で入院という結果に。

そして、
入院している間に全て私が悪いと悪評だけを残し、
親友は姿を消しました。
もちろん私の元に給料と治療費が来ることはありませんでした。
​​
それらは全て
親友に作り上げられた
やりがい搾取だったのです。

こうして働けない身体(今は元気だよ!)

&職も失いアラサーニート爆誕!!

​​

 


Q : なんで移住しようと思ったの??



A : 私の求めているライフスタイルは東京には無いと確信しました。


元々田舎の空気感と、
日々手仕事をこなす感じが好きでした。

「半農半X」な生活がしたい。
※自分や家族が食べる分の食料は小さな自給農でまかない、
残りの時間は「X」、つまり自分のやりたいこと(ミッション)に
費やすという生き方

もう少し頑張れるなら、
地産地消の飲食店を作りたい。

でもどこで…???

ってな具合で、

ぼんやりとだけど移住のことは
常に頭の片隅にありました。

そんなある日の昼過ぎ、
いつも通り仕事先(飲食店)のOPEN準備をしていると
店の前を幼い子供達がゾロゾロとお散歩していたんです。

近所の保育園のお散歩だったようですが、
当時私の店の隣は男性用風●店でした。

ましてやここは東京の繁華街。

ピンクの看板だらけです。

​​

「こんな街中が子供達のお散歩コースになるなんて…」

と直感的に思っちゃったんですよね。

​この出来事により
私の求めている生活はここには無いと確信し、

移住したいな〜(ぼんやり)が

移住するぞ!!!に変わりました。




Q : なんで離島にしたの??


A :  狙ったわけでは無く
たまたま離島でした。

田舎移住しよう!でもどこに??
と思っていたタイミングで
たまたま神津島在住の方と出会いました。

離島ならではの悩み相談を受け、
「それらを共に解決しよう!」
と手を組むことになったことで離島行きが決定しました。

当時私は小さなお店でバーテンダーをやっていて、
職業柄いろんな人と出会う事が出来たので、
移住先について自分で調べたのは沖縄ぐらい。



何かそういうタイミングが来れば
自然と導かれるだろうと
出会い待ち(笑)をしてました。

そしてそれは思っていたよりずっと早く訪れ、

「僕の住んでいる島はこんな魅力があってね!」

「でもこんな問題もあるんだ…」

と、現住民から相談を持ちかけられたのが
この島へ行ってみよう!
と決める大きなキッカケでした。

そのまま現地で再会し、

なんとかしたいんだ!と言う熱い気持ちと、

島の現状を知ってシンプルに力になりたいなぁと思い、

移住を決めました。




Q : 働いてないの?

A : 働いているといえば働いているし、遊んでいるといえば遊んでます。
って言うぐらい仕事と遊びの境目が無い生活をしています

移住前、
バックパッカーをしていたとき、
旅の資金は旅先で得るなんて人とたくさん出会いました。

ハンドメイドアクセサリーを販売したり、
旅ブログを書いたり、
旅する美容師もたくさんいました。

いろんなライフスタイルがあって、

みんな好きなことをしながらしっかり生きていて

当時無収入で旅していた私はそんな彼らを

ただただ尊敬、そして憧れでした。

でも、
みんな決まって言うんです。

「日本に帰ったらただのニート。」って。

うむ。

確かにそうだ。

でも、
こんな貴重な経験をしている人たちが
もれなく全員ニート。




・・・・・・

ニートの可能性ハンパネェェ!!!

しかも、

「好きなこと(旅)の中で、
好きな時に好きなことしかしてないから、
稼いでいても心はニートと一緒」

とか言われたらねぇ???


仕事は大変、仕事は辛いと
日本で生きてて勝手に埋め込まれた
固定観念が崩壊し、
しんどい思いをすることが仕事じゃないんだと
確信できた瞬間でした。

遊ぶように働く。

ニートマインドって素敵じゃないですか?






Q : 移住前の仕事は何してたの?


A :  夢見るバーテンダー(社畜)をやってました。

移住前の私は、
東京のシェアハウスに身を置き
バーテンダーをやっていました。

​この時は稼ぎたいというよりも目標に一直線で、
働くと言うより修行って感じでした。

なぜバーテンダーなのかと言うと、

私の今の夢である
世の中の孤独を無くしたいに繋がるのですが、

シェアハウスに住んだことにより、
コミュニティー形成に
興味を持ったことがキッカケです。

単純に会話が苦手で
学生時代ギャルでぼっちだった私は、

社会人になっても変わらずぼっちで、


あ、ギャルぼっちな頃の写真ありました。

ギャルぼっち

こんな見た目で、アニメ大好き。


自分の悩みや気持ちを伝えられる場所がありませんでした。

そして、
次第に精神的に疲弊してしまい、
ほんと純粋に友達が欲しい…と「人」を求めて
シェアハウスに引っ越しました。

このシェアハウスとの出会いが
人生の大きなターニングポイントになるのですが、

​​

​​

仕事が終わって帰宅した瞬間

「おかえり」

この一言があるだけで私の生活は一変しました。

 

たった一言だけど、
たった一言の言葉の力に圧倒されました。

毎日が楽しくなって、
悩みを話せる友達もできた。

そこからは人の力って凄いんだなぁ
悩みを話せる友達もできた。

そのまま数年の月日が流れ、
今度は私が人々の集える場所、
コミュニティーを作りたい!と思う側になり、
新規オープンする街場の小さなBARへ転職。

知らない土地でゼロからのコミュニティー形成を
経験しました。

そして、

店長として店に立ち、
たくさんの出会いの中で見えてきたものは、
「寂しさを抱えている人々の多さ」でした。





Q : 島ニートの夢とは?



A : 世の中の孤独を減らすことです。

今、その為の活動として

離島の隠れ家を作っています。

必要経費を極力抑え、
自然の力のみで持続&循環が可能な生活スタイルを築き、
誰でも長期滞在が可能な離島の隠れ家を作りたいと考えています。



​​



Q : 離島の隠れ家ってどんなところ??

A : 自然の中でのんびり、肩書き、年齢、国籍、収入…いろんな壁を気にせず、
ニートぐらい時間に余裕のある日々を過ごせる場所です。
もちろん本物ニートでもwelcomです。

​​先に言っておきます。

絶賛DIY進行中なのでお手伝い募集中ですw
気になる方、詳細はDMください!

200坪の土地に、小屋を建て、井戸を掘り、窯を作り、
自然の力のみで維持できる設備を揃えています。

畑から野菜をとってきて、そのまま食べることも、
海で魚を釣ってきて調理することも可能です。

島には人手不足なお仕事があるので、
島暮らししつつ、ちょこっと働いてみる
なんてのも可能にしたいと考えています。​​

ソーシャルワーカーや、クリエイティブニートなど、
遊ぶように働く同士、またはそんな生活がしたいと
望む人々の集まる空間を目指しています。